April 28, 2008
ダライ・ラマは家族とは中国語を話していた
ダライ・ラマは家族とは中国語を話していた
ダライ・ラマ十三世が死去したあとレティン・ラマは14世を探していた。
ダライ・ラマの幼名はLhamo Dhondup。
これは実は女の子の名前で密教の理想像陰陽人になるという願いが込められていたという。
オフィシャルには
「捜索隊は身分を隠していたのにそこに含まれていたセラ僧院の僧をチベット語ラサ方言で「セラ・ラマ」と呼んだ、という。また、ダライ・ラマ13世の遺品とそれそっくりの偽物をいくつかその子供に見せたところ、いずれも正しい遺品のほうを選び「それ、ボクのだ」と言ったという」
と書いてあるがこれはもちろん嘘である。
ダライ・ラマは小さいころそもそもチベット語が喋れなかった。
ダライ・ラマの故郷青海省・平安県は海抜が低く農業が主で漢民族同様の暮らしを送っていた。
ダライ・ラマも小さいころは漢語を喋っていたのだ。
ドイツのチベット密教研究家マッティアス・ハーマンズはこのダライ・ラマの家庭と顔見知りであった。
幼少のダライ・ラマに名前を聞くと「祁」と答えたそうである(中国名は祁福全)。
そもそもダライ・ラマの父親もチベット語が下手で普段(ポタラ宮殿内だろうが)漢民族と同じ服を着ていた。
またポタラ宮殿の中でもダライ・ラマ一家は漢語で話していた。
ラマパパはチベット料理が嫌いでポタラ宮殿でも漢料理で客をもてなしていたという。
何故かダライ・ラマの兄のトゥブテン・ジグメ・ノルブはすでに高僧タクツェル・リンポチェの化身として修行していたという。
ものすごい確率である。
チベットに滞在していた日本の僧河口慧海曰く、
法王が死なれて今度生まれ変わってくるのをどうやって知るのかと申しますと、法王政府は
法王がおかくれになって後1年も経たぬ中にその4つの寺に命令を下し、どこへ生まれ変わったか こちらへ来てよく判断しろとこういうてやると、その4カ寺の神下しの坊さんは皆出てくるの
法王に生まれた化身の候補者というのをごく秘密に取り調べてみると、3人あるいは4人の子供を得ることになる、で5歳位になりますと、いよいよその子供をラサの政府へ 迎えますが、その取り決め方はシナの欽差駐蔵大臣と、それから法王がおかくれになった後の政治を 司っているところの代理の法王とが立会い、総理大臣および大蔵、陸軍、宮内、教務等の大臣たちと その次官のごとき者が皆集まるのです。
僧侶の方でも最も重い高等僧侶などは皆そこへ立ち会いまして、まず黄金の甕のような物に
その子供が3人であれば3人の名、4人であれば4人の名を書いて入れる。で、ちゃんと
封をしてそれから7日間大いに祈祷をなし経を読む。つまりこの中で真実の化身を得るようにといって、そういう大祈祷会を開きます。祈祷が終わる前に高位高官の人々が立会いの上で、封の してある甕をよく検めその封を切って蓋を開けると、シナの欽差駐蔵大臣が象牙の箸を持って、 眼をふさぎながら甕の中に突っ込んで1つだけつまみ出すのです。そのつまんだ名が誰に当たって いるか、その当たった子供が法王になるのです。
こういう風にするのですからあまり弊害もないようですけれども、私が駐蔵大臣の秘書官のマツェン という人から聞くところによると、随分弊害のあったこともあるようです。それは自分の子供が法王に なれば、自分らは法王の王族としてシナ政府から公爵を受けることが出来るのみならず、財産も沢山 得られて、実にこの世における円満な幸福を受けることが出来るというので、大いに賄賂を使って奔走 する奴がいるそうです。で、それらはまず駐蔵大臣に金を沢山やり、それからチベットの高等僧官にも 賄賂を沢山やる。
そうするとその賄賂を授けた者の子供しかつまみ出されないような方法にしておくことも どうやらある様子です。
この神下しという奴は実に悪い奴で、賄賂をむさぼり取ることは非常です。ですから神下しの坊さんには 大変な金持ちがあるのです。現に法王政府のネーチュンのごときは恐らくチベットの金満家といわれる位に 金があるのです。
たいてい高等ラマの化身は、多くが貴族の子供とか、あるいは金満家の子供に、
大商家の子供というような者が多い。それはおかしいじゃありませんか。貧乏人の子供に
ラマの化身が宿らないと決めてあるように、ほとんど十中八九までは皆、富貴の家から
化身が出るという一段に至っては、必ずその間に何かの事が行われているに違いない。
それは表面から観察しただけでもわかりますが、実際に全く妙な事が行われていますので、
折々嫌な事を沢山耳にしたです。
まず自分の子供ができる前から、神下しの所に行って賄賂をやっておくのです。そうして
どこか良い寺へその子供をあるラマの化身だというて口入れをしてもらうのです。
良い寺には沢山な財産がありますから、そういう風に申し込んでおくと、その寺の財産を
自分の子供が生まれながらにして得られることになるのです。それは随分商売的な場合から
言ったならば、賄賂を沢山使っても損はないというものでしょう。それゆえに金を沢山贈る者が あるんです。これは私がしばしば見聞したことであって、決して表面から観察してこうであろうと いう憶測話じゃない。
だからラマの化身は信ずるに足らんということは、もうわかりきっている。
昔の事はいざ知らず、今の化身というのは本当の化身ではなくて「賄賂の化身」であると私は
言ったことがある。
チベット人はそういうことはもちろん知らない。また賄賂をやるというような事は、富貴者の
間に行われていることで、一般人民はそんなことはちっとも知らない。実に馬鹿なもので、政府が トンボ返りをしておっても一般人民はほとんど知らない。一般人民の間に伝えられていることは、 どこぞこの華族さんに今度お子様が出来たが、そのお子様は生まれながらにして俺はどこのラマだと 言ったとか、あるいはその子供の所へその前のラマの物と同じような物とを2つ持ってきて、 あなたのはどちらと尋ねたら、同じような物の中でよく見分けをつけて、これは本当、これは嘘だと言うたそうだ。
だからあれは確かに化身に違いないというような説が、俗人社会に行われています。
これはチベット一国にこういう迷信が行われているので、ただラサ府、シカチェにおける秘密に 立ち入ってみると、その化身は「賄賂の化身」ということは確かに断言して憚らない。
まあ世の中そんなもんである。
この後ダライ・ラマを選び出したレティン・ラマはしばらくその師を務めていたがTaktra Rinpocheに権力の座を追われる。
そしてラマパパは息子が選ばれたのをいいことに段々貪欲になっていき、それに嫌気をさしたダライ・ラマにマウントポジションからのパンチの連打を喰らったという。
このレティン・ラマとラマパパは連合を組み権力闘争にのりだす。
しかしラマパパは1947年47歳のときに食事中に死んでしまう。
ラマ兄のGyalo Dhondupはチベット政府に毒を盛られたと言っている。
レティン・ラマも武装蜂起を計画するが逆にTaktra Rinpocheに捕らえられてしまう。
セラ寺のラマたちはレティンを救出するために当時のセラ寺の住職(Taktra Rinpocheの腹心)を殺害しTsenya Rinpoche(チベット密教の歴史上もっとも凶悪とされるDharmapalaの転生)18歳を筆頭に進行するがTaktra Rinpoche軍に砲撃を喰らい全滅してしまう。その後レティン・ラマは睾丸潰しの刑に遭った後死亡した。
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この記事へのコメント
ダライ=ラマの転生の胡散臭さについては「哲学的な何か、あと科学とか」なるサイトに以下のコーナーがありました。4世なんてモンゴルの王アルタン=ハーンの
輪廻転生(3)
http://www.h5.dion.ne.jp/~terun/doc/rinne3.html
ダライ・ラマが、いきなり「3世」から始まり、箔付けのために死人を勝手に「1世」「2世」呼ばわりするわ、「4世」をアルタン・ハーンの親戚(ひ孫らしい)から、ダライ・ラマを選出するわとやりたい放題でした。
シナ土人、駆除してぇ
(`・ω・´)
そういえば劇中で彼らの宗教(ボダラク)もいわれなく迫害されてました。
その辺は暗喩的にチベットのことを描いていたんだなと、改めて思います。
ちなみに劇中では正しかったのは彼らボダラク側でした。
多分現実でも同じでしょうね。迫害する側(分かりやすく言おう、中国!)には正義があるとは思えない。
はじめまして。
エウレカだかアルキメデスだか知りませんが、それは上記の河口慧海の記録の信憑性を覆すものではありませんよね、
はじめまして。
エウレカだかアルキメデスだか知りませんが、それは上記の河口慧海の記録の信憑性を覆すものではありませんよね、



